研究所について

いま、「多様性」(diversity)という言葉は、社会のなかで大きな意味を持っています。国や地方自治体による福祉政策も充実し、企業が障害者雇用を率先して実施するこ とや、社会貢献事業などを行なうことも当たり前になってきました。そうした社会環境の整備に伴い、日常生活において、多様性を意識することは増えてきているように思われます。しかし実際の社会には、いまなお多くの「線引き」があり、人々は同化と排除のはざまで苦しんでいると言えます。

本来、人々のあいだにある「境界線」(division)や、ひとつの言葉が持つ概念的枠組みは、流動的なものであるはずです。時期、場所、社会環境などに応じて、つねに多数派と少数派、常識と非常識は入れ替わり、重層的かつ複層的な境界線を、自他ともに引き続けながら生活しています。とすれば、私たちは、生きるなかで、言いようのないもどかしさややりきれなさ、つらさやしんどさなどを感じたとしても、抜け道をみつけたり、寄り道をしたりして、歩きぬくことが可能なのではないでしょうか。ひとりひとりがその「生きぬくための技法」を獲得することは、現代社会に暮らす私たちにとって重要であると考えます。そして、既存の枠組みや境界線を前にしてそのような技法を共有できる場をひらくことは、ひいては社会全体を変えていくことにつながるでしょう。

私たちはこれまで、研究者や実践者としての立場から、多様な背景をもつ人々の表現活動に関わってきました。障害のある人やセクシュアル・マイノリティなどの表現活動に携わった経験をもとに、これから目指してゆきたいのは、「多様性」と「境界」に関する諸問題に対して、「対話」と「表現」を通じ、新たな「迂回路」(diversion)を作ることです。そのために、対話のなかから問いを発掘し、個々の活動のゆるやかなネットワークを形成し、それらを共有するためのプラットフォームをつくります。そのことによって、新しい社会の価値観を提示し、私たちが共に生きてゆくための豊かな文化を生み出してゆきます。