【週報】共に音楽をすること

私たちdiver-sionのメンバーは、「東京迂回路研究」の事業にフルタイムで従事しているわけではなく、それぞれ別の仕事や学業などを並行して行っています。今日は、私が別の場所でしている仕事を、少しだけ紹介します。

私がしているのは、「音楽療法士」という仕事です。現場では、こどもからお年寄りまで様々な人と一緒に、聴き、歌い、奏で、語り、作ることをしています。

やっているのは、たとえば、こんなこと。

重複障害(視覚、知的、身体)のある高校生の青年Aくんとのセッションでは、打楽器を使った即興演奏をしています。あらかじめ決まった音楽を演奏するのではなく、その場の気配や互いの距離感をはかりあい、演奏することを試みています。一つの音を出しては、相手の出かたを聴き、ときには相手についていったり、意表をついてみたりしながら、「一緒にいる」枠組みそのものを作っていくような活動です。

また、日々の出来事や最近気になっていることを歌に乗せて語る、「Aくん日記」という活動もしています。ここでは、ピアノ担当者が、映画『バクダッド・カフェ』のテーマ曲「calling you」を弾くのに乗せて、Aくんと私が「○月△日、くもり、今日は学校で、…をしました」などと、日記形式でぼそぼそつぶやきます。ある場面を会話で再現してみたり、気に入った言葉のフレーズを真似しあったりしながら、流れがクライマックスに差しかかったところで(あるいは会話が続かずに黙り込んだところで)、思い切り「Ah~~, I’m calling you~~」と曲のサビを歌いあげる、という活動です。この活動のポイントは、ぼそぼそ語るところと思い切り歌い上げるところのギャップ。毎回異なるその間合いから何ともいえないおかしみが生まれ、2人で内緒話をしているような、コントをしているような気分になることがあります。

DSC_0228

このような活動を通じてやろうとしているのは、「共にある」場を、相手と一緒につくっていくこと。相手は、何を聴き、どう感じ、何を表現しているのか。私は、相手やこの場から何を聴き、どう感じ、何を投げかけていくのか。小さくささやかな営みながら、毎回、試行錯誤の連続です。

これまで「音楽療法士」として何をしたいのかについて、自分でもあいまいだった部分があるのですが、「東京迂回路研究」に携わることを通じて、少しずつ明確になってきたように感じています。今年は、音楽療法の現場にもよりじっくりと取り組み、言葉に表していきたいと思っています。

(三宅博子)

【週報】育み育まれる土壌:ご近所イノベーション学校・2016年度インターン生活動報告会に参加して

先日、「ご近所イノベーション学校・2016年度インターン生活動報告会」に参加してきました。
今日は、そこで感じたことを書いてみたいと思います。

ご近所イノベーション学校」は、港区と慶應義塾大学の連携によって実施されている、地域づくり事業。地域にかかわる一人ひとりが「やりたいことをまちにつなげる」ことで実現する新しい地域づくり=「ご近所イノベーション」を、様々なかたちで支援するプロジェクトです。diver-sionの理事でもある坂倉杏介さんが中心となり、コミュニティスペース「芝の家」(diver-sion事務所のお向かいにあります)、コミュニティ活動の拠点「ご近所ラボ新橋」コミュニティ活動の人材育成「ご近所イノベータ養成講座」、などを運営しています。

 

今回は、各事業にインターン生として参加した学生が、2016年7月〜11月の5か月間にわたり経験した場づくりの体験や、プロジェクトの運営について報告する会でした。場所は、ご近所ラボ新橋。ここで継続的に活動する「対話ラボ」メンバーの主催です。

DSC_0217

 

この日の参加者は20名ほど。
まずは、もちよりの晩ごはんをみんなで食べてから、報告が始まりました。

 

登壇者は、次の3人。

あすちゃん(東京都市大学:ご近所ラボ新橋)

かなちゃん(慶應義塾大学商学部:ご近所イノベータ養成講座)

ようちゃん(明治学院大学文学部芸術学科:芝の家)

 

告知チラシのゆるさ(なんと、登壇者3人の顔が「へのへのもへじ」になっている斬新なデザイン!) とはうってかわり、報告は真剣そのもの。

あすちゃんは、「ご近所ラボ新橋」で、地方の先端的な地域プロジェクトを学び、インターローカルな交流を24時間続ける「24時間トークカフェ」に参加しました。企画の一つを任され、接したことのない相手とやりとりをしながら作り上げていく責任の重さに、最初は大変な思いをしたそう。関わる人たちととにかく話しながらやっていき、苦手だと思っていたリーダーの役割も、思ったより出来るようになったといいます。

かなちゃんは、「自分のやりたいことをまちにつなげる」技法を学ぶ、少人数制の実践型講座「ご近所イノベータ養成講座」で、事務局スタッフとして受講生のサポート役を担いました。「自分を生かすまちづくり」に取り組む受講生の姿に影響を受け、自分のやりたいことの実現に向けて一歩を踏み出しました。今は、食堂を借りて定期的に「ごはん屋さん」を開いています。リピーターになってもらうには、「お客さんに、自分の想いをしっかり伝える」ことが大切とのことでした。

ようちゃんは、誰もが自由に出入りできる地域の居場所「芝の家」で、年に一度のイベント「いろはにほへっと芝まつり」の企画運営に携わりました。もともと人見知りで、「自由に過ごしていい」と言われても、どうしていいかわからなかったそう。しかし、定期的に通ううちに少しずつ顔見知りが増えて、居場所ができていったといいます。道端で、芝の家によく遊びに来ている小学生の子どもに、「芝の家のお姉さんだ!」と声をかけられたエピソードなどが語られました。

3人それぞれに、半年間で得た確かな手ごたえが伝わる報告で、眩しかったです。

 

これまで3人とも、学校や家庭、アルバイト先以外での人との関わりが少なく、インターンで出会ういろんな人とどう接したらいいのか、最初はとても戸惑ったそうです。その戸惑いをどのように乗り越えてきたのかについて、報告では、ある共通の過程が語られていたように思いました。

 

とにかく一歩踏み出して、やってみる。
すると、一生懸命に取り組んでいる周囲の人々が見えてくる。助けてくれる。
こうして、自分もその場の一員になっていく。

このことについて、坂倉さんのコメントが印象的でした。

「人が成長しようとするときには、ふわふわした土壌があって始めて、種が殻を破るようにして芽を出すことができる。周囲の大人たちがいて、いろんな活動やつながりを育んできたからこそ、若い人たちがとにかくやってみることを可能にしたのだと思うし、そのことを実感できたことがうれしい。また、成長しようとする人には「成長する」という役割があって、周囲の人たちがその成長しようとするさまを目の当たりにし、エネルギーに触れることによって、教える立場だった人もじつは教わっているという、循環が起こっている」。

じつは、報告者のひとりは、私がある大学で担当している講義の受講生でもあったのですが、堂々と発表する姿を見て「本当の意味で学ぶ場所とは、こういう場なのだなあ」と思いました。報告を聞きながら、自分自身に新鮮なエネルギーが満ちてくる感覚がありました。

多様な人が、自分の芽を出し、自分らしく生きていくこと。
それはやはり、一人ではできないのだと思います。
互いが互いの土壌となって育まれる場の大切さを、あらためて実感する時間でした。

(三宅博子)

DSC_0218

【週報】なんでもない日々に思うこと

2月も半ば過ぎ。
まだ少し寒い日が続きそうですが、いかがお過ごしでしょうか。
このところ、週報の更新が滞っていますね。。
申し訳ありません。

更新が滞る、、
その理由として、「書くことがない」というつぶやきが聞こえることがあります。

でも、本当に?と思うこともあります。
日々、生きていて「書くことがない」ってどういうこと?
それはたぶん、「読み物」として伝えるべき内容は「こんなところに行ったよ!」「こんなことをしたよ!」「こんなものを見たよ!」といったことだ、となんとなく考えてしまっているからではないでしょうか。
たしかに、インターネットを見ていると、そんな記事がいっぱい。
私も楽しく読ませてもらっています。

でも、自分の日常は・・・というと、そんなふうに言うには及ばない時間がほとんど。
たとえば、「東京迂回路研究」は、年間をとおして事業を展開していますが、
そのなかで「イベント」として行うものは年に数回。
ほかはいわゆる「そとから見えない活動」です。

ひとつのイベントを行うにも、企画案を練り、検討を繰り返し、
議論し、やっと決まった内容をもとにゲスト依頼をするも、タイミングが合わずに登壇いただけず、企画そのものを見直すことになる、なんてこともあります。

見聞きしてきたことを、どうまとめるか、どうわかりやすく伝えるかに頭を悩ませ、時間ばかりがすぎてしまうこともあります。

とりたてて、なにができた、ということもなく1日が過ぎてしまうこともあります。けれど、それらの時間、作業なくしては、何事も成しえないのも事実。

たいしたことはおこらない。
あるいは日々おこるささいなことに、翻弄される。
それが、日常なのかもしれません。

でも、日常が私たちの暮らしをつくっていくのだから、地味なことを地道に行う。それ以外に、方法はないのだなあとも思います。

16300114_1839018916310653_6381388245372652037_o

なんでもない日々に、なんでもないことを、丁寧にすすめていく。
年度末まで、残り1ヶ月半。
そんな思いで、過ごしていきたいと思います。

(井尻貴子)

【週報】存在の仕方としての「声」

厳しい寒さが続いておりますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

さて、Facebookでもお知らせをさせていただきましたが、1月21日(土)の朝日新聞朝刊にて、昨年発行した「JOURNAL東京迂回路研究2」より、写真家・齋藤陽道さんのことばをご紹介いただきました。哲学者・鷲田清一さんにより連載中の「折々のことば」というコーナーです。

「ただ存在すること。そのこと自体がもうすでに声なんだ、ということを信じたいんです。」

このことばは、2015年9月4日~6日に開催したフォーラム「対話は可能か?」の最終日・6日に、齋藤さんと本研究所代表の長津との筆談対談「まるっきり違うのにそれでも似るもの:迂回路をめぐって」のなかで生まれたもの。

keio-48_6005

50名ほどの観客の前で、静寂の中、書画カメラに対談の様子が映されている。そんな環境で対談が続く中、齋藤さんが書かれたのは、次のような言葉でした。

「こうして対談をするということ(略)言葉が直に、届かないという思いは常にあり」、「言葉ではなくみつめあうことで、伝わるもの、それを声と呼びたい。(略)音声だけが『声』としてしまうと、それではあまりにもきゅうくつで。写真をとおして、他者のまなざしとぶつかりあうことで、言葉もなくこころになだれこんでくるものがあるなと知るようになり、『ただ見つめあうこと』『ただ存在すること』そのこと自体がもうすでに声なんだ、ということを信じたいんです。」

齋藤さんの写真をみていると、その被写体となる人・動物・ものが、ささやかな、しかし切実な「何か」を発していて、異なるものどうしの「何か」が一瞬だけ重なる瞬間が捉えられているように感じられることがあります。それはきっと、その「存在の仕方」のようなものであり、それによって他者に触れ、他者と重なる「何か」を、齋藤さんは「声」と呼んでいるのではないかと思います。

異なるものが、異なるままに、共に在ること。そのための「対話」の作法として、「言葉」を交わし合うだけでなく、「存在の仕方」としての「声」に耳を傾けるということの大切さを、改めて強く実感することになった時間でした。

「JOURNAL東京迂回路研究2」は、こちらから全文PDFでご覧いただけます。

また、今年度末に発行予定の「JOURNAL東京迂回路研究3」もただいま編集中で、今回も齋藤陽道さんの写真を巻頭に掲載する予定です。こちらもぜひ楽しみにお待ちください!

(石橋鼓太郎)

【週報】人は一人では生きていけない?

毎日寒い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。
東京では雪は降っていませんが、雪の降る地のことを思って、空を見上げています。

さて、2月23日に、「もやもやフィールドワーク報告と対話編 第14回」を行います。
今年度最後の開催です。
テーマは、こちら。
——————————–
第1部 報告:アクションリサーチの試み―ハーモニ―との協働から(最終報告)
第2部 対話:哲学カフェ「人は一人では生きていけない?」
——————————–

MOYAMOYA_2016_NO14_fin

「人は一人では生きていけない?」。
これは、これまで「多様な人が多様なまま共にある」ありようを探求してきた「東京迂回路研究」の、根底にある問いです。今年度を振り返ると、あらためてこの問いに向き合った場面が、いくつもあったように思います。

たとえば、昨年、夏の関西出張で訪問した、「café ここいま」。
精神障害のある人が地域で暮らすための居場所や、地域住民との交流を育む場として運営されるカフェの店主、小川貞子さんによれば、精神障害のある人が退院した後のいちばんの課題は「孤独」だといいます。

たとえば、「子どもの貧困」に関する記事。
本研究所の理事を務めてくださっている坂倉杏介さんのFacebook記事によれば、それは経済問題ではなく、「解決すべきは関係性の貧困」なのだといいます。

そして、「もやもやフィールドワーク調査編」。
今年度を通して行ってきた就労継続支援B型事業所「ハーモニー」との協働にあたり、私たちが挙げた課題は、「困難を抱えた当事者の体験が、社会のなかで抑圧され、無化されてしまうことが多い」という状況でした。これに対し、私たちは、『他者との「体験の共有」の新たなあり方を、ワークショップ開発の過程と実施を通して探求する』研究によって、応えようと試みてきました。最終報告では、取り組みを通してかいま見えた、新たな「現実」を他者と共に作っていく可能性について、お話したいと思います。

人は、本当に「一人では生きていけない」のでしょうか。
だとしたら私たちは、「一人ではない」という実感を、いつ、どのようにして、持つことができるのでしょうか。

今年度の締めくくりにあたり、みなさまと共に、じっくり考えてみたいと思います。
ご参加、お待ちしています!

お申し込みは、こちらからどうぞ。
https://goo.gl/forms/vFyPwayG6GVj8GnC2

(三宅博子)